[書評] クリエイティビティとプロジェクトの関係 ~ ライフロング・キンダーガーテン 創造的思考力を育む4つのP (前半)

FutureEdu Tokyo では、2016年6月以来、サンディエゴで、教科横断型のプロジェクト学習が中心の学びとなったチャータースクール(独自の建学精神をもった公立学校)、High Tech High を舞台としたドキュメンタリー映画、Most Likely to Succeed の上映会を過去20回以上開催してきました。High Tech High では、子供達の成果はテストと成績表ではなく、地域に開かれた作品発表会という形で公開されています。

映画の舞台となる学校では、生徒は担当の先生が提案したテーマ(e.g. 古代ローマの歴史をベースとした劇、文明の勃興と衰退を表す時計)を元に、グループでアイデアを出しながら、様々な分野の知識やスキルを組み合わせ、時には喧嘩をしながら作品を完成させていきます。校長先生は、「人生で取り組む多くのことはプロジェクトだ」と発言されていましたが、社会に出てからの生活は、大小様々なプロジェクトの複合体と言っても過言ではないと考えると、学校にいる間にプロジェクトを自ら動かす力をつけられるのは子供達にとってかけがえのない経験です。

とはいえプロジェクト管理という日本語で考えると、どちらかというと工程管理的なイメージが強く、本作品で感じる様な、創造的な学びのプロセスとは程遠い感じも受けます。果たして、創造的思考力を育むプロジェクトを通じた学びとはどの様に起きるのか、起こせるのか、という疑問を抱いていたところ、昨夏に MIT Media Lab のミッチェル・レズニック教授(世界中の子供達に愛されるビジュアルプログラミングツール SCRATCH の生みの親)による“Lifelong Kindergarten (邦題:ライフロング・キンダーガーテン 創造的思考力を育む4つのP”が出版されると聞き、読了後、MIT Media Lab が無料で開催する同テーマのオンラインコースにも参加しました。この経験を通じ、Life Long Leaner、生涯探究心があり、クリエイティブに自ら学び続ける人になるには、プロジェクトを起点とした学びを続けることがいかに大切かということを痛感しました。本日は、このプロジェクトと創造的思考力(クリエイティビティ)の繋がりについてお伝えします。

AI と共生するこれからの時代に最も大事な能力の一つと考えられている創造的思考力(クリエイティビティ)が育まれるためには、Projects (プロジェクト)、Passion (情熱)、Peers (仲間)、and Play (遊び)の4要素(4Ps)が欠かせないと本書は提唱しています。

何故今の時代に創造的思考力(クリエイティビティ)の重要性が増しているのでしょうか?

世界のトップリーダーが集まるダボス会議で有名なWorld Economic Forum の「Future of Jobs Report (未来の仕事白書)」では、第4次産業革命に突入した今、創造的思考力(クリエイティビティ)は課題解決能力に続き、3番目に大切なスキルだと提唱されています。2015年には10位のスキルだったことを考えると、とても大きな変化です。

World Economic Forum, Future of Jobs Report より

World Economic Forum, Future of Jobs Report より

今までの日本では「クリエイター」というと、芸術家やデザイナー、ミュージシャンといったイメージが強かったと思いますが、この白書が挙げるスキルは、ホワイトカラーの仕事や工場問わず、普遍的に大切だと言われているものです。

お掃除ロボットに始まり、スマートスピーカー、洗濯ロボットなど、家庭の仕事も単純作業はどんどんロボットや人工知能に置き換えられ始めてますが、今後はあらゆる産業が人工知能を活用してスマート化していく中で、新しい仕事や価値を生み出せる創造的思考力(クリエイティビティ)が求められているのです。

前書きを書かれたケン・ロビンソン卿は、クリエイティビティの重要性についてこのように述べています。

「クリエイティブでいるとは、人間が人間である所以の一つです。価値のある独自のアイデアを創造することで、人類の歴史が始まって以来、人類の偉業を推し進める力となって来ました。クリエイティビティの根っこは、我々が持つ妄想する力、すなわち目の前にないことを想う力です。ただしクリエイティビティとは、実用的であり概念的なプロセスです。どのように、何を、どのくらい作るのかは、今ある材料とツールや、それらで何を作るかに大きく関係しているのです。」

また著者のレズニック教授は、「創造的な考え方は、われわれに生き甲斐を感じさせる中心にいるんだ。クリエイティブに考えられる人になると、経済的な対価だけでなく、喜びや満足、生きる目的や意味に溢れてくる。子供達にはそれが当たりまえの環境にいなくてはいけない。」と述べられています。

すなわち、創造性は人間の幸福にとって重要な資質で、どの時代にも大切ではあったわけですが、実際に創造性をどの様に、どこまで発揮できるかは、その人の使えるツールや材料に大きく依存しています。コンピュータープログラミングや、3Dプリンター、レーザーカッターといったツールの普及でアイデアを形にすることが飛躍的に簡単になってきた今、創造性を十分発揮するためには、古来からあるツールや材料だけでなく、前述した様なデジタルツールを使いこなすことも、創造性の発揮の仕方に影響を与えます。

本書では、レズニック教授が長年サポートしているコンピューター・クラブハウスという貧困地域におけるプログラミングと物作りができる居場所での学生の経験を例に挙げています。そこでは、スクラッチを使いながら、子供達は自ら考えた作品を作ったり、友達のプロジェクトに参加したり、手伝ったりすることで、コンピューターにアクセスする前には不可能だった、創造性の高い学びの活動を行なっていることが紹介されています。子供達は、仲間と協力しながら創造的学びの螺旋階段を登っていくことで、どんどんクリエイティビティだけでなく探究心、やりきる力、仲間と協働する力などを育むことが出来ます。

それではクリエイティブな力を育む学びのプロセスとはどの様なものなのでしょうか?レズニック教授は、1837年にドイツのフルーベルが提唱した幼稚園という当時新しいコンセプトは、歴史的に大きなターニングポイントだったと述べています。フルーベル氏は、子供たちは周りにある環境と関わることで一番よく学べるという考えをベースに、フルーベルの贈り物という、知育玩具を20程つくりました。彼の哲学はマリアモンテッソーリにも引き継がれたり、世界中に大きな影響を及ぼしました。私の子供達の通っていた幼稚園の園長先生方も「子供達は遊びながら学ぶのです」と口すっぱくおっしゃっていましたが、日本の幼稚園では幅広く受け入れられている考えだといえるでしょう。(ただ残念なことに、近年の米国では残念なことに、幼稚園の段階でもテスト、成績比較、競争、そして罰といったサイクルに陥っており、遊びながら学ぶというコンセプトから逸脱し始めているそうですが。)

幼稚園で育まれている創造的な学びのサイクルについて、レズニック教授は以下の図のように表しています。積み木のお城など、想像して何かを楽しみながら作っていると、他の仲間も加わり形が変わっていったり、変化することで、また新しいアイデアが浮かぶといったプロセスを子供達は自然に体験しています。環境が整っていれば、子供たちはクリエイティビティの螺旋階段をどんどん自ら登っていくことが本書では紹介されています。大人の押し付けではなく、子供達が自ら絶え間なくこの学びの螺旋階段に関わることが、クリエイティビティを育む最も大切なエンジンだと本書は訴えています。日本にもファンの多い建築家、フランクロイドライト氏も、幼稚園時代の遊びが建築でのクリエイティビティに大きな影響を与えたと後世に語っていたそうです。

Creative Learning Spiral - Lifelong Kindergarten p11 より抜粋

Creative Learning Spiral - Lifelong Kindergarten p11 より抜粋

残念ながら、現在幼稚園では創造的な学びの環境が実現しやすい一方、初等教育以降の学校教育では知識の伝達に多くの比重が占められています。本書は学校教育がその状態を継続する必要ななく、MIT Media Lab でも取り入れているこのクリエティブな学びのスパイラルをプロセスとして取り入れることを提唱しています。それを簡易に実現する1つのツールが、レズニック教授が開発したスクラッチというプログラミングツールです。

本書では、スクラッチを使うことで、本人が自らの好きなことをプロジェクトにして取り組み、作品が共有されることで、仲間が集まり、自然と学びが継続する子供達の実例が挙げられています。そこに先生は介在しておらず、まさに自律的な学び (self-directed leraning) が実現しているといえます。

長年スクラッチに親しんでいる南アフリカの16歳の学生、タリンは、本書のインタビューにこう答えています。「スクラッチのおかげで、私は新しいことに挑戦したり自己表現をすることにより自信を持てるようになりました。いつも失敗することを恐れていた私には、スクラッチプログラミングは私の考えを変えてくれました。クリエイティブな仕事をしている時だけでなく、日常の生活でもエンパワーされました。今は何かうまくいかない時には、何か新しいことを学ぶチャンスだと思えるようになりました。」

この発言を聞くと、何故全ての子供がこのようなクリエイティブな学びの活動に取り組む環境がないのだろうと不思議になるくらいですね。創造的思考力(クリエイティビティ)を育むためには、子供の妄想力を活かして何かを作りながら遊び、その遊びを友達とも共有し、結果を振り返るという一連のプロジェクトを子供達が体験することが大切ですね。

次回は、レズニック教授が提唱するクリエイティブな学びを実現する要素、4Pについて紹介しながら、何故このような学びがなかなか普及しないのかについても紹介したいと思います。

ここまで読んで今すぐ読んでみたい方は、是非原書に挑戦されることもお勧めします。比較的平易な英語でとても分かりやすく書かれています。

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Written by 竹村 詠美