米国公立小学校における、ICTを活用した小学校教育レポート

一般社団法人こたえのない学校の代表理事で、EdTech Women Tokyo のメンバーとしてお付き合いさせて頂いている藤原さとさんに、アメリカの小学校におけるICTを活用した教育事情について寄稿いただきました。藤原さんは、現在米国テキサス州に在住で現地の公立校にお子様を通わせたご経験をおもちです(現在は私立とのこと)。現地にいないと分からない、リアルな現在進行形レポートお楽しみください!

【アメリカ教育事情について講演しました】

藤原さとです。

師走の忙しい毎日ですが、いかがお過ごしですか?

一時帰国中の12月3日に「2020年教育大改革のモヤモヤをすっきり! 教育を語ろう!」というイベントで、保坂展人世田谷区長、そしてTeach For Japan代表理事の松田悠介さんと鼎談をさせていただきました。

左から:松田氏(Teach for Japan)、藤原氏(こたえのない学校)、保坂氏(世田谷区長)

左から:松田氏(Teach for Japan)、藤原氏(こたえのない学校)、保坂氏(世田谷区長)

そこで私のほうからはアメリカの教育を中心にお話しました。アメリカの教育というのも全体としては、教育格差の問題が後を引き、OECDスコアでも見るべきものがなく、現場の先生方もあまり自信をもてていないというのが実情ではあるのですが、いい悪いは別として、所得層の高い良い地域の学校は公立であっても、かなりしっかりと勉強もさせるし、プロジェクト型学習やICTの利用などを取り入れ、非常によく個性を認め伸ばしてくれます。当日は、そのような日の当たる部分を中心にお話をさせていただきましたので、その内容をご紹介します。

<どんな授業をやっているの?>

当日は国語・算数・理科・社会について簡単にお話ししました。

①    国語

小学校1年生から、短い文章の趣旨(Main Idea)をとらせるための勉強をスタートします。2年生になると、PIEといって読んでいる文章がPersuade(P:説得)なのか、Inform(I:知らせる)なのか、Entertain(E:楽しませる)ものなのかを問われたり、読むときも書くときもそれはあなたの意見(Opinion)なのか、それとも事実(Fact)なのかと聞かれるようになっていきます。毎日20分のリーディングが家庭で推奨され、物語と新聞のような伝えることが目的の文章を明確に区別し、たとえば、物語の場合は、主人公がどのような背景の中、どのようなチャレンジを経て成長していくのか等を問う物語構造を把握しながら読んでいくようにアドバイスされます。

②    算数

暗記の前に考えさせることにフォーカスします。まず、掛け算を学ぶ前にたくさんのおもちゃのコインをジャラジャラとグループのテーブルに置き、合計金額を計算して競ったりします。そのなかで、子どもたちは無意識のうちに、1cent×3+5cent×2+10cent×5+25centなどと掛け算と足し算の組み合わせをするのです。それからはじめて掛け算を学びます。また、分数を学ぶ前にたくさんの図形や立体を実際に二人で等分する、3人で等分するというワークを通じて、感覚を先につかみます。

③    理科

低学年から“僕/私は科学者だ!”というワークで、まず科学者として仮説(予想)をたてること“I can Predict.”というところから入っていきます。家からみんな好きな石をもってきてグループで考えながら分類したり(色や感触など)、月の満ち欠けを毎日記録して話し合ったりします。天然のものだけを使って、家をつくってみよう、というものもありました。

④    社会

割と歴史も多く、小学校2年生から奴隷制度やボストンティーパーティ、歴代大統領(娘はモンロー主義のジェームスモンローが担当でした)などを学んでいきますが、だんだんにプロジェクトワークに入っていきます。小学校3年生の今年は政府の役割について勉強し“司法”をテーマに発表しました。ただ、こうしたプロジェクトワークはアメリカの場合個人でやるものが多く、GT(Gifted & Talented)クラスのような成績の良い子が集まったクラスではふんだんに実施されても、地域によってはそれ以外のクラスでの実施が減る場合もあるようです。学年が増すごとにその傾向はあるように感じます。確かに個人プレゼンテーションの機会が多いのはいいことなのですが、この辺は、ヨーロッパのようにグループで学び合いながらプロジェクトをやるスタイルのほうが私は好きです。

<カリキュラムとインストラクションモデル>

こうしたカリキュラムを支えているのは、グローバルベースで最先端の教育理論です。下記は当該教育区のインストラクションモデルのページからの画像ですが、ブルームのTaxonomy、マルチプルインテリジェンス、Brain Based Learning、Corporative Learningなどの言葉が並びます。実はアメリカは長い間州がそれぞれ独自の学習スタンダード(学習指導要領みたいなもの)を持っていたのですが、この数年でCommon Core Standard という全米で使えるスタンダードを開発し、実施が始まっています。Common Coreも、最先端の教育理論、たとえば国際バカロレアのアドバイザーであるLynn Erickson の提唱するConcept Based Learningを取り入れています。(テキサス州はCommon Core*を採用していません)

Conroe 教育学区の指導モデル

Conroe 教育学区の指導モデル

 

<教育ICT

学校環境におけるICTの導入ははやり日本と比べて格段に進んでいます。この辺はこちらのブログでもご紹介しましたが、 http://kotaenonai.org/blog/satoblog_ict_151201/ 学校内でWiFiが整備されているのは当然のこととして、小学校でも4年生くらいになると、BYOD** で自分のパソコン(iPadではありません)を使って宿題をこなし、先生もグーグルカレンダーで授業で使った素材をアップし、生徒も課題をグーグルドライブに保存していきます。

個別の生徒のデータ(各種テストスコア、名前・住所などの個人情報、健康状態やワクチン接種、宿題の提出状況などはすべて教育区のサーバに保存され、学年が変わったときの生徒の情報も一目瞭然になっています。

また、テキサス州では個々の生徒に合わせて最適な学習コンテンツをレコメンドするアダプティブラーニングシステム***が開発され、実際に現場で使われ始めています。導入当初は、なかなか安定しませんでしたが、ここ数か月で娘の学校でもある程度コンスタントにこのシステムが使われるようになってきました。

アダプティブラーニングシステム*** で宿題をこなす。

アダプティブラーニングシステム*** で宿題をこなす。

また、また、面白いのは、こちらは州の公立でオンラインスクールが運営されていて、小学校3年生からオンラインスクールで義務教育を受けたことにすることができます。もちろん無料です。教育区(Independent School District)レベルでバーチャルスクールを持っているケースもあります。なので、何らかの理由(病気、クラスメートとの関係の悪化、校内の環境悪化、スポーツや芸能活動、事業活動、単純に学校に合わない等)で、学校に行くことがベストの選択でない場合は学期単位でホームスクーリングに切り替えることが可能です。

テキサス州開発のオンラインスクールシステム

テキサス州開発のオンラインスクールシステム

<アメリカのいいところ:自己の最大発揮がミッションの学校>

こうしたアメリカの教育。もちろん算数など日本のほうが進んでいたり、3年生くらいになると州やCommon Coreでの統一テストに先生も生徒も悩まされるなどいいことばかりではありませんが、一親として、本当に心からありがたいと思うのは、“個の最大発揮”が子どものミッションだとして、人と違う自分をひきたたせ、肯定し、表現するというサイクルを支援してくれるところです。

たとえば、自宅でプログラミングをしてそれをプリントアウトして学校に持っていくと、日本では「自慢」と受け取られ、先生にも「こんなものを学校に持ってきてはいけません」と言われてしまうかもしれませんが、アメリカでは“Wonderful!”などと褒められ、実際に教室の目立つところに貼ってくれたりします。娘も折り紙が自慢で時々学校に持っていっていたところ、お友達が興味をもって集まっていたら、ミニ折り紙授業を開催してくれたりしました。

日本では「出る杭」や「目立ちたがり」「自慢」と言われかねないことも、どんどん発揮できるのはとてもありがたいことだと思う一方で、日本に帰った時の適応が心配になったりもします。

また、プレゼンテーションの機会が豊富で、小学校1年生が自分の家族や好きなことをみんなの前で発表する“Show & Tell”という身近なスピーチから始まって、みんなの前で説明する機会がふんだんにあります。低学年の時には大したことではなく、みんなが好きなぬいぐるみを家から持ってきてなぜそのぬいぐるみが好きかを説明したり、自分の好きなスポーツチームのTシャツを着てきて、それを説明する機会がある程度ですが、簡単に自分の個性を紹介するよいきっかけのように思います。これがだんだんに長く、難しいプレゼンテーションになっていくのです。

<アメリカの悪いところ:教育格差が激しい>

こうしてみると、言われているほどアメリカの教育は悪くないんじゃないの?と思いがちですが、そうともいいきれないところがあります。というのも、こうした教育がうけられるのは所得層の高い人たちが居住する良い地域に限られるからです。この辺のことについてはこちらのブログに書いていますので、もしよろしければ読んでください。

http://kotaenonai.org/blog/satoblog-educational-disparities-1601/

<最後に>

ということで、少し長くなってしまいましたが、以上がご紹介した内容のサマリーです。このほかにも鼎談の中で、子どもの自己肯定観と遊びの要素を本当に大切にされている保坂世田谷区長のお人柄に触れたり、日本でも厳然と存在する貧困格差に向き合い、すべての子どもが素晴らしい教育を受けられる社会の実現を目指すTeach For Japanの松田さんのお考えを知ることができて、私自身貴重な機会となりました。また皆さんにお会いしたいなぁ、と思ったのでした。

ということで今日はこの辺で。

注釈(編集部より)

* Common Core: 米国の教育指導ガイドライン。日本の教育指導要綱と比較するとかなりざっくりとしている。

** BYOD: IT企業でもよく実施されているが、自らのデバイス(iPadやラップトップ)を学校に持ってくること。Bring Your Own Devise の略称。

*** アダプティブラーニング: ITを使った個別学習を可能にする学習サービス。個人の得意、苦手分野を分析して、個々にあった課題を出していく学習方法。

著者プロフィール:

藤原 さと: 一般社団法人 こたえのない学校 プログラムオーザナイザー・代表理事

日本政策金融公庫にて中小企業・新規事業融資に従事後、米国留学中に国際労働機関(ILO)のマイクロファイナンス部門で少額融資のスキームを調査。帰国後、ソニー(株)本社経営企画管理・戦略部門で、海外企業とのビジネスアライアンスに携わる。長女出産後ヘルスケアビジネスコンサルタントとしてミャンマーで女性のがん死因トップである乳がんの検診事業立ち上げ等を行う。2012年度都内区立保育園父母会長。2014年に「こたえのない学校」を設立。現在米国で子育て中。日本とアメリカを往復している。
慶應義塾大学法学部政治学科卒 
米国コーネル大学大学院公共政策学修士(M.P.A.)