未来の教育が目指すもの —Multiple Intelligences Theory(MI理論)に基づく教育の普及—

(編集部コメント)子育てをしていても、「XXちゃんは○○が得意」「YYちゃんは○○が大好き」というのは子供達一人一人の個性として感じるポイントですが、子供達の特性をフレームワークを持って考えられるとより整理して捉えられますよね。そんな我々一人一人が持つ8つの知能について、ハワード・ガードナー教授により1983年に提唱され、世界的に受け入れられているマルチプル・インテリジェンス理論 (MI理論)の研究と啓蒙活動をされている日本MI研究会の石渡先生に、21世紀教育におけるマルチプル ・インテリジェンス理論や、8つの知性を理解した上での教育の重要性について、ご寄稿いただきました。現在ガードナー教授が開発された、マルチプル・インテリジェンスに関する自己評価ツールは無いそうですが、8つの知性の定義を理解しながら、お子様の個性を改めて見つめ直し、子育てや教育に役立ててみてはいかがでしょうか?現在海外の学校では、子供の学びの特性に合わせた、ブレンディッド・ラーニングや個別学習といった学習環境を提供する学校も数増えているようです。日本でも塾は個別指導が流行りの時代ですが、受験だけでなく、人生を謳歌できる大人に育つ支援ができるか、という大きな視点でMI理論の取り入れ方を考えたいものですね。日本語でMI理論について知りたい方は、ぜひ日本MI協会のサイトをご覧ください!


 現代はヒト、カネ、モノ,情報が国家を越えて活発に移動しているグローバリゼーションの時代と言えますが、果たして教育面でも日本はその潮流に組み込まれていると言えるのでしょうか?
学生の国際的流動数は2015年500万人(OECD)と発表されていますが、日本の次世代を担うヒトの国際的流動数は文科省によると81,219人にとどまっています。加えて、その内の84%が一ヶ月未満の滞在にしか過ぎません。教育情報の収集についても、日本の教育は世界の主流から乖離しているように思ってしまいます。
1983年、ハーバード大学教育大学院認知心理学教授、ハワード・ガードナーMultiple Intelligences Theory (MI理論)を発表し(http://www.japanmi.com/)、従来の知能という概念を大きく前進させました。彼の理論によると全ての人間には
①言語的知能 (Verbal - Linguistic)
②論理・数学的知能 (Logical - Mathematical)
③空間的知能 (Visual - Spacial)
④音楽的知能 (Musical)
⑤身体運動的知能 (Bodily - Kinesthetic)
⑥対人的知能 (Interpersonal)
⑦内省的知能 (Intrapersonal)
⑧博物的知能 (Naturalistic)


という8つの知能が備わっていると明言しています。(Gardner,1983,1994)海外ではこの広義の知能が認知され、既に教育の世界にも導入されていると言えます。IQに代表される知能指数テスト等で計測される狭義の知能(上述の①言語的知能と②論理・数学的知能に相当) を養成するだけでは社会に出ても成功できないと考えられているのです。一方、日本では従来の狭い意味での知能概念が一般的であり、依然として学校教育では言語的知能や論理数学的知能のみに重点が置かれている授業が多いといえます。未来を見据え、早期に狭義から広義の知能への教育に移行すべきであると考えます。Gardenerは労働市場における需要に応えることも教育の使命と明言しています。どんな人材を日本の労働市場は必要としているのでしょうか。


経団連の調査(2015)では、グローバル人材に求める素質、能力として社会人基礎的能力に加え、日々、変化するグローバル・ビジネスの現場におけるチャレンジ精神、さらに、多様な文化・社会の中におけるコミュニケーション能力と異文化への適応力が指摘されています。つまり、日本の労働市場も広義の知能を必要としているのです。
従来、学校教育の目的は知識を伝授することが主たる目的でした。科学技術が進歩するにつれ、教科書の内容は膨大化し、究極的に教科書の内容全てを教えると言う教育の目的は遂行不可能となってしまいました。(Collins & Halverson,2009)。1999年ガードナーは“The Discipline Mind” という著作で未来に向け、学校教育における新たな使命を提言しています。それは、事実の暗記などではなく、ある学問分野に特有な思考方法を習得させることこそが大切であるとガードナーは主張しています。一つのある問題を解決する場合、歴史家ならどのようなアプローチをとるだろうか、数学者ならどのように考えるか、学問を究めたプロとしての思考方法を持って問題に取り組めるようにすることこそが教育の使命だと明言しているのです。つまり、教科書の内容を網羅し情報を詰め込むのではなく、問題についての正しい処理方法を教えること、それが一番重要であるということです。


これについてはハーバード大学が夏季に開催している”Future of Learning” (「未来の教育」)というシンポジウムでもガードナーが詳細に説明を行なっています。このシンポジウムでは「脳科学」「心理学」「教育学」の各専門家が集い、学際的な研究、討論が行われており、最新の未来の教育の在り方についての情報の収集が可能となります。毎年夏季に開催されているので是非興味のある方には参加をおすすめしたいと思います。

2015年11月15日“TEDxBeaconStreet” (https://howardgardner.com/videos/)にガードナーは出演し、MI理論発表後30年間の研究を総括しながら、社会で成功するための秘訣を述べています。その秘訣とは
①8つの知能を養成する
②知識や情報の詰め込みをやめる(一つのトピックから発展させながら(Generative Topic)学際的に学修する)
③ガッツ(Grit)を持つ
④知識とガッツを倫理的かつ道徳的に活用する(GoodWorkの遂行)

2016年10月24日Future Edu, Tokyo主催で“Most Likely to Succeed”の上映会がありました。この映画は合衆国サンディエゴにあるHigh Tech Highという学校を取材したドキュメンタリーです。High Tech Highの教育では上述の4つが全て具現化され、高い力量を有した教育者が信念を持ち、教えている姿が最も印象的でした。またその教育では8つの知能をバランス良く養成し、言語的知能や論理・数学的知能のみを偏重していませんでした。一つのプロジェクトを長期間にわたり取り組み、パフォーマンスや作品をコミュニティに披露しました。中には発表会で失敗した生徒もいましたが、その後も諦めずガッツを持ちプロジェクトに取り組み続けました。晴がましい発表会と違い教師と保護者数名に公開されただけですが、頑張り続けた生徒たちの達成感が伝わり感動しました。


“Most Likely to Succeed”を見たことにより、MI理論の未来における有効性、正当性を一層強く確信しました。多くの方々がMI理論を理解し指示して下されば、日本でもMI理論に基づく教育が普及していくことでしょう。そうすれば、言語的知能や論理・数学的知能醸成のみに偏った知識の詰め込み教育から8つの知能を育てる教育に移行できます。全ての人間には8つの知能がありますが、その知能のプロファイルは異なります。強い知能もあればこれから伸ばす必要がある知能もあります。8つの知能の観点から自分自身の知能プロファイルを考えてみて下さい。今まで思っていたよりも自分が素晴らしい知能の持ち主であることが分かるはずです。


<著者紹介>

日本MI研究会 石渡 圭子
横浜大学経済学部講師

米国留学中、MI理論を学ぶ。Project Zero, Future of Learning などHoward Gardner主催のSummer InstituteでMI理論をはじめとしGardnerの一連の研究について学ぶ。同講座受講者とともに日本MI研究会を設立し、MI理論やGoodWorkの普及に努めている。

日本MI研究会公式サイト: http://www.japanmi.com/


参考文献
Gardner, H. (1993).  Multiple Intelligences the theory in practice.  New York, Basic books.
Gardner, H. (1995, November) Reflections on multiple intelligences: myths and messges.  Phi Delta Kappa.  200-209
Gardner, H. (1999). The Ethical Responsibilities and Professionals. The Project Zero Classroom: New Approaches to Views on Understanding .Cambridge; Harvard University Graduate School of Education.
Gardner, H. (1999) The Discipline Mind. New York: Simon & Schuster. 
Gardner, H. (Ed.).(2002). GoodWork: Theory and Practice. Cambridge; Gardner.
一般社団法人 日本経済団体連合会. (2015). 「グローバル人材の育成・活用に向けて求められる取り組みに関するアンケート」主要結果. Retrieved on Jan. 6, 2017 from http://www.keidanren.or.jp/policy/2015/028_gaiyo.pdf