学校を「リデザイン」する-麹町中学校校長 工藤 勇一校長

"What School Could Be" アン/カンファレンスイベント開催レポート 第4回は、東京都千代田区立麹町中学校校長 工藤勇一先生による学校を「リデザイン」するというテーマの分科会です。工藤先生から冒頭に、現在4年間取組んでおられる学校改革のお話をしていただいた後、熱い参加者の方々とのQ&Aが行われました。本記事は、2回のセッションの内容をお伝えするものですが、網羅的な内容ではない旨ご了承下さい。

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学校教育のあり方を本質から見直す

文部科学大臣にプレゼンする機会があった。文部科学大臣には麹町中がどのように保護者や教職員の理解を得ながら、どのようなプロセスをたどって改革を進めてきたのかについて説明することができた。その内容を掻い摘んでお話しすると以下のようなことである。

●改革のスタートは「学校は何のためにあるのか?」を誰もがわかる言葉で説明することからであった。

●現在の学校教育には手段が目的化している教育活動が山積している。「やたら作文を書かせるにもかかわらず、一体誰に向かって書いたものかさえわからない。」「宿題は学力を上げるためなのか、それとも成績をつけるためなのか」など、目的も他者も明確でない教育ばかり。ノートは自分が見返さないのであれば、とらなくていい。とるんだったら、こんな取り方がある。など、一つひとつの教育活動の目的を示していくことが大事。

●改革を進めていくためには目的の合意形成を図っていくことが第一。

   <学校はなぜ必要なのか?>
    ・人が社会の中でよりよく生きていけるように。そして、よりより社会をつくるために
    ・そのために学校をつくり、そこで教えるカリキュラムを定めた。学習指導要領はそれをコントロールする役目。
    ・学習指導要領の最大の問題点はカリキュラムが目的化している。それをこなすことだけになっている。


   <学校は何を学んで、どうやって学ぶかが大事。>
    ・学び合う型は社会でスタイルそのままである。一斉教授型の学習スタイルは世の中と違っている。そもそも、アクティブラーティングありきであるべき。

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参加者の方々とのQ&A
 
Q 上位概念についての質問です。4年前から指数関数的な世の中の変化に対応するために、共創教育を進めている。①コークリエンション。②探求姿勢。①と②を回すための最低限の知識が③。国が掲げた教育改革。①②③の能力改革についてどう思う?

A その視点では私はきっと論議しないと思う。その議論は必要ないのではないだろうか。もっとシンプルに子供の個別にどう支援するのかをベースで考えるべき。知的が遅れている子にもその子に必要なものをどうやってその子が生きていけるかを作っていく。学習指導要領の伝道師になる必要はない。もっと自分の言葉で教育を語っていくことが大切。
 
Q 工藤先生が3年間進めてきたものと近いものを今、国が教育改革にあげてきている。それについては?

A  確かによいものだと思う。しかし、もっとシンプルに。子供でもわかるもの、親にもわかるものにすべき。でなければ、目標の合意形成などできない。1日も24時間しかないのだから、あれもこれもではなく、優先順位を考えていく必要があるし、もっとシンプルに教育を考えていかねばならない。学力が低いから宿題を増やせ!は間違った方向。働き方改革の全く逆の動きである。いつも合意形成ができていないまま学習指導要領を進めている。
 
Q (麹町中学校の卒業生から)自分のころは、まさに受験の時代だった。今の麹町中学校と違った。工藤校長の後任はどうなる?異動でとまってしまうのでは?それについてはどう考えている。
 
A  わたしが変わったら変わったでは困る。伝統を残していくようにする。トップダウンで変わるのはダメ。子供だけではなく、教師も自律すべき。権限を与えて現場で課題をみつけて解決するようにする環境を整えた。まだまだシステムが完成できたわけではないが、すべての自律を進めている。PTAにも権限を与えている。経済性と機能性を条件に課題を解決するようになってきた。生徒も話合いに参加できるようにし、全員主体的に関わり、課題を解決する。子供主体の行事を増やしていくと、子供たちが自ら考えていくようになる。
  
Q  学年を超えてどう巻き込んでいけるのか?教諭が動こうとしない。参加しようとしない。そういう場を作っても参加してくれない。どうやって参加率あげていった?
 
A まずは、最上位の目標を共有化することが大切だ。それぞれが勝手に目標を定め、学校目標とずれていたら全く意味がない。当校では「 世の中まんざらでもない!結構大人って素敵だ! 」これが最上位の目標だよね。と示した。「学校に来て、大人が嫌いになったり、社会が嫌になったりするのであれば、そもそも学校などいらないんじゃないか。」ということだ。これを言ったら、親も教員もまず否定する人がいなかった。最上位の目標さえ合意形成できれば、たとえそれぞれの異なる手段で互いにぶつかり合うことがあったとしても、いつでもここに戻って考えていけばよい。この目的を達成するためにどうする?そのための手段を決めて行こう、ということになる。学校のカリキュラムを定めていくことは非常に難しいことだ。1年間は本当に限られた時間だ。あれもこれもと全てを取り入れることはできない。優先順位を決めることが大切だ。教員がこれができないのであれば、子供たちに優先順位が大切なことなど教えられない。
 

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Q  高校1年の現代文つくっている。 いい教育をしようとすると評価ができない。
 
A  評価は難しい。特に関心・意欲・態度の評価は、自分の専門性が必要となる。それが嫌で逃げる教員が多い。評価する際、教師はとかく数値化したがるが、評価の方法は突き詰めれば詰めるほど、自分の首をしめることになる。つまるところ、人を評価するということは自分の専門性という主観で評価することだと思う。何より子ども自身に学ぶ気持ちがあるかどうかが大事。アクティブラーニングだったら子どもたちは能動的な様々な姿を見せてくれる。いろんな評価が考えられるだろう。
  
Q  教員の意識を変えることが大事。教員の養成の在り方。それはどうする?教員研修としてどういうことをしている?
 
A  私自身は、教員養成課程ではなかった。教育学部に行ってたら教員になってなかったかもしれない。何のために学校があるのかも自らの頭で考えてきた。自分の言葉で語れない教員は教育者じゃない。メッセージ性を持っている人が大事。1年目の校内研修は生徒指導面に力を入れた。その当時は服装のルールが細かいなど、よくわからないルールがたくさんあり、それを注意する先生ばかり。注意すると髪型やスカートの長さを気にする生徒が増えた。大人が気にすると子供も気になるようになる。ある意味、問題は大人が作っているのだ。そんなことに気を取られていること自体、子供にとっては無駄な時間だ。 
「コンビニで万引き」。「雨の日に人の傘を持って帰る」。・・・・どれに一番叱るかランキングを教員につけさせた。するとバラバラの結果に。教員の価値観がちがうことがわかった。どうでもいいことと、どうでもよくないことをわかっておくこと。どうでもいいことにこだわっている子供がいるのは、何かほかのこだわりがあるはず。どうでもよくないことは絶対に伝えることが大事。メッセージが大事。命。人権。犯罪に関わることは叱るべきもの。 
現在、脳神経科学者と研修をしている。大阪の大空小学校の木村 泰子元校長も参加。安心・安全の環境を作らないと脳は動かないことを一つとっても教育の在り方を山ほど問うことができる。既存の教育方法を理論的にばっさりと切ることもできるし、よりよい指導方法を探り当てることもできそう。
 
Q  教員にビジョンを共有するためのプロセスは?また、その評価は?
 
A  校訓を定めた。教員目標も変えた。目指すべき生徒像も具体化した。そして、その本質的意味については、何度も何度も全校集会などで頻繁に子供たちに話をした。当然、同時に教員に伝えていくことを意識して。話し合いをすれば、通常、手段ばかりにこだわる議論が行われる。そういったとき、常に上位目標を忘れてはいけないと繰り返し続けてきた。
 
<起こりがちな過ち> 
目的 自律した生徒を育てる。

手段(目的) 基礎学力を身につけさせる。

手段 つまづいたところを繰り返し学習させる。
 
※これは、基礎学力を身につけることばかりにこだわってしまっている状態。繰り返させられた子供は自律を失うからである。

<せめてこうありたい>
目的 自律した生徒を育てる。

手段(目的) 基礎学力を身につけさせる。

手段 自分の力で繰り返せるように支援する
 
Q  古くからある機関や行政の仕組みの中でどうやって変えてきた?そのご苦労は?
 
A  行政は、一般に議会説明のために多くの仕事を行ってしまう傾向がある。さらに具体的に言えば、与党の意見を通すことが仕事になっている。議会で教育の本質を語れるのは教員だけ。例えば、いじめの対応を考えてみよう。いじめは実は「子供同士で解決できること」が何より大切なことだ。大事なことは子供のトラブルをしっかりと把握すること。トラブルが起こった時は、大人がどうかかわるのかを見極めることが大事になる。しかし、多くの行政ではそのあたりが誤解されてしまっているように感じている。すべてのトラブルに大人が関わることが大事であるかのような錯覚に陥っている。そんなことをしていると、子供たちは依頼心だけが強くなり、自律心を失っていくことになる。いじめの件数の増減を議論していてはいけない。行政的に語るだけではいじめを解決することはできない。「きめ細やかに支援する」ということが、教育の世界では逆効果になることもあることをしっかりと伝えていくことが教育の専門家の役割だ。

記録担当:成見 由紀子