書評『「資質・能力」と学びのメカニズム』

教室外の空間、授業外の時間、先生以外の人間、この3つが関わる取り組みは注目を浴びやすい。なぜなら、非日常的で、ニュースになりやすく、メディアと相性が良いからだ。一方で、日常的にコツコツと教室の中で先生によって行われる授業は平凡すぎて、脚光を浴びにくい。世界で6秒に1人の子供たちが亡くなっている日常がニュースにならないのと同様に、平日日中に学校の教室で起こっていることは、意識して耳を傾け、目を向けて、能動的に情報を取りにいかなければ、まったく入ってこない。

そして、その授業を下支えする、先生の台本とも言える学習指導要領は、新しくなる、変わること自体はニュースになるが、じゃあ具体的にどうなるの、何が変わって、どんな影響がありそうなのか、その中身について取り上げられることは少ない。教育の業界に関わりはじめて2年と立たない私の場合、今回、紹介する書籍ではじめて学習指導要領のことを深く知ることとなった。文章としては構造的にまとめられており、わかりやすく読んで理解しやすい。文部科学省が推進したい教育の理想と抽象レベルでの実現方法には納得感がある。

なお、周囲にそんなポジティブな感想を漏らしたところ、綺麗な理想は毎度のこと素晴らしいが、具体策に乏しい実行不可能なアジェンダであると、苦言を呈しつつ、理想を賞賛する私を諭してくださった。なるほど、現実と理想の間マリアナ海溝くらい深いギャップがあるらしい。学習指導要領は、言うは易し、行うは難し、なのであるでは、具体策がしっかり提示されていれば、実行されるのだろうか、それは強制ではないか、と議論を呼ぶところであり、色々と気になるところだが、そろそろ本書の中身に入りたい。

著者の奈須は上智大学総合人間科学部で教鞭を取りつつ、教育の指針を定める文部科学省の会議の委員として顔を連ね、特に2018年度から(幼稚園、2020年度から小学校、2021年度から中学校で)順次実施される次期学習指導要領については重要な役割を担っている。そして、本書は次期学習指導要領の策定プロセスとその内容を具体的な事例を紹介しながら、わかりやすく解説している。現時点(2017年7月)での最良の解説書ではないかと思う。

次期学習指導要領の全体像は以下の図が体系的でわかりやすい。

学習指導要領改定の方向性

出典:文部科学省ウェブサイト (以下資料p26) 

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/05/__icsFiles/afieldfile/2017/05/16/1385793_03.pdf

そして、核となるコンセプトは本「何ができるようになるか、何を学ぶのか、どのように学ぶのか」には考える順序があることだ、と思う。

”まずは学習する子供の視点に立ち、教育課程全体や各教科等の学びを通じて『何ができるようになるのか』という観点から、育成するべき資質・能力を整理する必要がある。その上で、整理された資質・能力を育成するために『何を学ぶのか』という、必要な指導内容等を検討し、その内容を『どのように学ぶのか』という、子供たちの具体的な学びの姿を考えながら構成していく必要がある”

そして、その中心にある「何ができるようになるか」は「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力・人間性等」の3つの資質・能力に分けられる。

大学入試改革では、この3つをバランス良く問うことを狙っている。特に注目を集めているのは、「思考力・判断力・表現力」だ。この力をテストするために、現実的な試験のオペレーションを整備し、テスト採点の信頼性や妥当性を考えると実現は容易ではない。一方で、簡素化することで、容易に対策ができる試験となってしまえば、求める力が見定められないことになる。どこで折り合いがつけられるか、業界関係者の注目を集めている。

つぎに来るのは、「何を学ぶか」。本書ではそれぞれの教科が持つ本質を教えることの重要性を語っている。本書で事例を上げ、言及されている内容は、国際バカロレア{IB)の取得プログラムの一つであるTheory of knowledgeの考え方に近いと感じた、あくまで私の印象でしかないが。

そして、最後に「どう学ぶか」は主体的な学び、対話的な学び、深い学び、それぞれ3つにわけて解説している。キーワードはオーセンティック、有意味、明示的な指導である。家庭でも学びの場でもすぐに応用できる。

余談ではあるが、グローバルで活躍する日本人が基礎的な力を身につけるために、大学受験の参考書を大人の学習素材として活用している本が出版された。また池上彰と佐藤優と共書では、リクルート社のスタディサプリを大人の勉強の基礎固めに活用しているとの記載があった。玉石混淆の情報が飛び交う中で、青く見える隣の芝生ばかりを見ていると、自分の足下にあるお宝の存在を見逃してしまう。日本の公教育がどのような姿を目指しているのかを理解すること、それに時間を割くのは悪くない投資だろう。子供のためと思ってまずは手にとって読んでほしい。面白がって読んでみれば、大人にとっても新しい発見が必ずあるはずだ。

 

『「資質・能力」と学びのメカニズム』

著者:奈須 正裕

出版社:東洋館出版社 (2017/5/19)

価格: 1998円

参考書籍:

『僕らが毎日やっている最強の読み方』

著者紹介

Naoki Yamamoto

山本尚毅

1983年石川県根上町生まれ。2009年から仲間と会社(株式会社Granma)を創業、日本メーカーの途上国の
ネクストマーケット(BoP市場)進出を支援。その傍ら、展覧会(世界を変えるデザイン展・未来を変えるデザイン展)を企画・開催し、人の行動変容(Behaivor Change)に興味関心を高める。現在は学び領域の組織に身を移しアセスメント・評価と未来の学びの研究開発及び商品企画を担当している。その他、HONZで書評を執筆中。

北海道大学農学部卒