著者インタビュー:「自分でできる子に育つ ほめ方 叱り方」<前半>

昨年6月に開催された、「モンテッソーリ ・レッジョ・エミリア を知り尽くした研究者が語る”誘導しない子育て”」のイベントではその後 FutureEdu 掲載のイベントレポートも大変多くの方にシェアされ、お読みいただきました。沢山の注目を集めたこちらのイベントにスピーカーとして登壇されていたのがオックスフォード児童発達学博士、島村華子先生です。今年の春に日本で著書を発売され、FutureEduではインタビューをさせていただきました。

今回の著書では、「自分でできる子に育つ ほめ方 叱り方」をテーマに、様々な海外での研究・論文エビデンスを元に、保護者の方に分かりやすくそして論理的に誘導しない子育てについて具体例と共に書かれています。

最近では幼少期の「自己肯定感」「愛着形成」「非認知能力の育成」などについて耳にする機会も多いかと思いますが、子どもの自己肯定感、自己効力感の育成には実は日々私たち大人の子どもへの言動、どのような子ども観を持っているか、また条件付きまたは無条件の接し方などが大きく影響しています。著書では、”日本人に多いとされる自己肯定感の低い子どもは、謙遜文化によるほめ不足が原因ではなく非効率なほめ方や叱り方が原因かもしれないのです”と書かれています。ただほめるだけでは、ほめるも叱るも同じで、子どもの成長にはつながらないという驚きの視点も紹介されていました。

「ほめ方 叱り方」を通じて、私たち大人が本質的に大切にしたい、子育ての根本に繋がる沢山のメッセージが著書には込められています。今回のインタビューでは、島村先生の深い想いやメッセージについて深掘りさせていただきました。

<著書プレゼント>
・島村華子先生著『自分でできる子に育つ ほめ方 叱り方』を抽選で1名様にプレゼントいたします。応募方法は後半に記載させていただきますので、是非後日掲載されます後編もお読みいただけましたら幸いです。

※島村先生は、オックスフォード大学で児童発達の修士、博士過程を修了し、現在カナダの大学にて幼児教育の教員養成をされており、モンテッソーリ 国際協会(AMI)の教員免許も取得している幼児教育の研究者です。

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Q1) 「自分でできる子に育つ ほめ方 叱り方」を書かれた背景について教えてください


島村先生:


もともとモンテッソーリ教育のトレーニングで賞罰は使わないとは学んでいたものの、モンテッソーリの教員時代に声のかけ方次第で子どもの行動を外的にコントロールして誘導している可能性があることを身をもって体験しました。「早かったね」とか「すごいね」とつい言ってしまったときに、子どもたちはとても嬉しそうにしていたけれど、結局自分のためではなく、私からの「褒め」を受け取るためだけに何かをやるという動機付けに理論だけではなく実体験として疑問を感じました。

この外的評価を使い条件付きで子どもに接することは本当に子どもたちの興味や関心を知るため、また子どもたちが目の前のアクティビティに打ち込むためには、障害物になってしまいます。モンテッソーリの園の先生だった時代も、研究者としても、そしていまは大学教員としても、「子どもはこうあるべきである」という強い思い込みや期待値は、大人のエゴの押し付けであり、結局は誰のための子育てか、誰のための教育なのかという見直す必要があることを強く感じています。

こういった潜在的偏見を見つめ直す勇気を持って私たち自身が内省をすることこそが、どんな小手先のテクニックよりも大事なことだと思っています。子どものイメージをアップデートすることが、子どもとより良い関係性を築く根本であること、また無条件の愛情で接する方法の鍵であるということを、もっと多くの人たちと共有したいと思い、この本の執筆に至りました。

Q2) 「プロセスをほめる、具体的にほめる、もっと質問するなど」著書に書かれているほめ方について、保護者が適切に具体的にほめることについて、日々どのような工夫が必要でしょうか?

島村先生:

何かを子どもにしてほしいがためにほめたり、何か気に入る行動を取ったときだけ、物的褒美をあげる行為は、外的コントロールにあたるため、条件付きの接し方です。表面上だけのおざなりほめや現実に見合わないおおげさほめ、あるいは人格や能力に焦点をおいた「人中心ほめ」には、子どものほめ依存症を作り出したり、自分の能力は変えられないと思う固定的なマインドセットをもってしまうなど、色々な問題があります。

大事なのはまずどんなあなたも愛しているということを伝えること、そして子どものことをきちんと見てあげて、認めたり、喜びを共感するということです。実際に「プロセスほめ」をするためには、子どもが工夫したことや頑張っていたことに対して、その過程に大人が注意を払っていないと具体的なコメントはできませんし、子どもの気持ちや意見を知りたいという興味がなければ質問も出てきません。一緒にいられる時間はどんな短い時間でも観察や対話のチャンスです。

子どもの行動に注目してみる、そして具体的に質問をすることで、子どもの世界へ招待してもらえたら有難いですよね。子ども自身も、お父さんやお母さんが自分に興味をもってくれていると感じれば嬉しいものです。

インタビュアー:

島村先生は海外数カ国に居住されたご経験があり、その中でも国は変わっても本質的な部分は同じとインタビューでお伺いしたのが印象的でした。子どもへの接し方というのは国を超えて普遍的なものですね。

また、日々私たち保護者も慌ただしい中でも、スマートフォンをみたり仕事をする手を一度止めてみて、今目の前の子どもが何に夢中になっているのか、ゆっくりと子どもの行動や気持ちに注目する時間を持つことがとても大切ですね。分からないときには質問してみる、対話をしてみる。そして、「時間ではなく質が大切」と著書には書かれており、子どもと接する時間が短いワーママとしては救われる一言でした。

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Q3) 周りの人から子どものことをほめられた時に子供の前で謙遜してしまう保護者の方も多いかと思います。そのような時にどのように対応したら良いでしょうか?


島村先生:

自分や身内を下げるという謙遜文化は日本では一般的ですが、周りに自分の子どもをほめてもらったとき「そんなことはありません」とへりくだることは子どものことを傷つけてしまう恐れがあります。

本書でも言及しましたが、子どもは言葉の裏側にある意味をくみ取ることはできません。言葉をそのまま素直に受け取るため、大人が「いやいやうちのこは家ではひどいわがままなんですよ」とか「言うこと全然聞かなくて困った子なんですよ」と社交のために言った言葉だとしても、子どもにとっては親に否定されたと感じてしまう可能性があります。

自分に対して否定的な思い込みを子どもが持たないようにするためにも、大人がロールモデルとなって、ポジティブな言葉でコミュニケーションをとることを率先して見せることが大事です。「ありがとうございます。」と素直に受け取ってみましょう。

Q4) 著書の中で定義されている「叱る」は感情的に怒ることとは異なるかと思いますが、叱ることが感情的に怒ることを同一になってしまっている場合に何かアドバイスはありますか?またその影響についても教えてください。

島村先生:

何度言ったらわかるの!と感じ、自分の我慢を試されているようで、感情的になってしまうことがあるのも当然だと思います。

ただ子どもの行動の裏側には理由があります。子どもが言葉では表せないメッセージが隠れています。まずなぜ子どもがその行動に至ったかを興味・関心を持って一度考えてみることが大事です。わたしは「Why, What, How」を頭に置いて自分に問うようにしています。なぜこの子はこの行動に至ったのか?ここで一番大事なメッセージはなにか?どうしたら、一番大事なメッセージが伝わるか?「なぜだろう」と考えることで、大人は子ども目線に一度立つことができます。大人目線からいったん離れると、大人の怒りの沸点を下げることにもなります。表面上の行動を超えて子どもを見てあげる努力をすることで、本当は助けを必要としている子どもの本質と向き合うことになり、自然と頭ごなしに怒ったりすることは少なくなるはずです。

感情的に怒ると、子どもの感情に寄り添えていないため、心の橋が築けず、対話につながるベースができません。また子どもの脳は恐怖感や不快感に支配されるため、怒られた理由を考えることができなくなり、結局は反省を促さないのです。このため一方的な叱り方や感情をぶつけた怒り方は効果がないだけでなく、恐怖感は不信感へとつながるため、親子の信頼関係にも悪影響を与えるのです。

インタビュアー:

子どもに対する謙遜について、島村先生から「他者軸ではなく自分軸」とお伺いし、私たちが無意識に同調してしまいそうなシチュエーションでも、誰のための子育て?なのかと考えてみて、ほめられたらその場で即気持ちよく受け止めてみる!これもすぐ実践できることですね。

また、私自身も「叱る」と「感情的に怒る」を混同してしまうことも多いのですが、感情的に怒っても結局は子どもには大事なメッセージが伝わらないという点について島村先生に伺った話が印象的でした。人間は、感情的に怒られると扁桃体が反応して脳がフラストレーションを感じて話を聞けなくなってしまう=感情的になって何も大事なことは伝わない、どころかお互いの感情がエスカレートして収集がつきにくくなってしまう、になるとお伺いしてハッとしました。ちなみに、親側の行動として、子どもの行動に対してまさに「頭に血が上る」には6-9秒かけて脳に血流が増えていく状態とのことで、一度深呼吸をして、頭に血を昇らせない工夫も私たちがすぐできる一歩とのことです。

叱る際に一番大切なことは、感情的になるのではなく「今、大切なメッセージを冷静に伝えること」とフォーカスしてみると、叱るの定義が見えてくるのではないでしょうか。

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Q5) 子どもとぶつかる習慣、つながる習慣についてお伺いします。著書では、習慣を変えるのは中々容易なことではないと書かれていらっしゃいますが、つながる習慣に変えていくために日々意識しておくことがありましたらお聞かせください。


島村先生:

やはり見えないことは変えられないので、大人自身が自分の気持ちや言動に意識と責任を持つことから始める必要がありますよね。7つのつながる習慣は一晩では身に付きません。例えば自分がやりがちなぶつかる習慣にまず気づくこと、そしてそのうえで、つながる習慣の一つでも良いから実践するよう毎日コミットしてみるのも良いかもしれません。ぶつかる習慣はトラブルや問題の原因を結局外的要因に求めてしまっているため、自分には責任がないと思い、行動の変化につながりません。ぶつかる習慣で人と関わると、後味も悪いものです。

自分がどんな人になりたいということも考えてみるのも助けになります。常に不満を言って、相手を責めて脅して、責任転嫁をするような人になりたいと思う人はいないはずです。「他人は変えられない、変えることができるのは自分だけ」ということを心に留めて、自分の感情や態度に責任を持つことが大事です。全部でなくてもよいから、つながる習慣を日々の人との関わりにおいて意識しながら、悪い習慣の上書きをしたいですね。

Q6) 著書の中で「グロースマインドセット (成長マインドセット)」言葉が何度か出てきました。グロースマインドセットとは何か、そして子どもの成長になぜ重要なのでしょうか?


島村先生:

グロースマインドセットとは、「経験や努力で自分の基本的資質は変えることができるという考え方」のことです。つまり、練習を続けたり、粘り強く努力をすることで、自分の成長には無限の可能性があるという心のあり方を指します。逆にグロースマインドセットと反対なのが、フィックトマインドセット(固定マインドセット)と言い、自分の基本的資質は生まれつき決まっているので、知性や能力は変えられないという固定観念のことを指します。

グロースマインドセットが大事な理由はいくつかありますが、大きく分けて3つ紹介します。

第一に、グロースマインドセットを持つ人は、失敗に対する恐怖心に支配されることなく難題や困難に立ち向かうことができるところです。これは試してみればできる可能性があるかもしれないと思っているほか、学ぶこと、自分を高めることに意欲的なためです。例えば、逆上がりができなかったとしても、「自分は逆上がりができないように生まれた」とは思わずに「練習したらできるかもしれないから頑張ろう」と思うことでできるのです。

第二に、グロースマインドセットを持つ人は、失敗は成長のチャンスだと捉え、チャレンジ精神があるところです。たとえ失敗したとしても、その失敗から学ぶというポジティブさがあるため、簡単にあきらめたり、失敗に怖気づいたりしません。「逆上がり、今日はできなかったけれど、今日は手の使い方に問題があったな。明日は別のやり方を試そう」という風に思えるというわけです。

第三に、グロースマインドセットを持つ人は、問題解決に対して柔軟性があります。障害が立ちはだかっても、すぐに「自分はできない」とあきらめるのではなく、新しいやり方を試したり、他の人からのアドバイスにも耳を傾けたりと、心をオープンに物事に取り組むことができるのです。「逆上がりのできる〇〇君にコツを教えてもらって、できる方法を考えてみよう」という風に思えるわけです。私はできないと最初からあきらめたり、自分の可能性を自分で決めつけるよりも、グロースマインドセットを持って物事にアプローチした方が健全ですし、自分自身の成長には大切な心のありかたといえます。

インタビュアー:

子どもとぶつかる習慣、つながる習慣では、まず大人自身が自分がどのパターンになっているかに気づき、日々言動、考えを変えていく必要があるなと感じました。今ぶつかる習慣になってしまっているからといって変えられないと思う必要はなく、今の自分のパターンに気づき、つながる習慣にまず接し方や言葉かけから変えていくことができますね。

また、グロースマインドセットは、子育てだけではなくまさに社会でも必要とされるマインドセットだと思います。自分の基本的な資質は努力や経験で変えられる、いつでも自分は成長できると思って生きている人はどの年代でもいきいきと日々の生活や仕事に取り組んでいる人が多いと感じますし、グロースマインドセットを持った子どもたちはその先の人生もとても生きやすくなるのではないでしょうか。

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インタビューは後半記事に続きます。

島村華子先生

英国オックスフォード大学 修士(MSc in Child Development)・博士号取得(PhD in Education)。モンテッソーリ&レッジョ・エミリア教育研究者。
上智大学卒業後、カナダのバンクーバーに渡りモンテッソーリ国際協会(AMI)の教員資格免許を取得。カナダのモンテッソーリ幼稚園での教員生活を経て、 オックスフォード大学にて児童発達学の修士、博士課程修了。現在はカナダの大学にて幼児教育の教員養成に関わる。 専門分野は動機理論、実行機能、社会性と情動の学習、幼児教育の質評価、モンテッソーリ教育、レッジョ・エミリア教育法。

モンテッソーリ教育・レッジョ・エミリア教育を知り尽くした オックスフォード児童発達学博士が語る 自分でできる子に育つ ほめ方 叱り方 3歳 〜 12歳 の子ども対象 (日本語) 単行本(ソフトカバー)

<編集後記:前半>
私自身二人の子育ての真っ最中ですが、「ほめる・叱る」は、日々子育てにおいて、私たち保護者が持っている子ども観や育ってきた環境などが意識的にも無意識的にもとても大きく出る部分だと改めて思いました。島村先生へのインタビューを通じて、「ほめる・叱る」という行為の根本にある、子どもとの繋がりをどう適切に築いていけるのか、そして保護者自身がまず価値観や接し方、言葉がけをどう変えていくところから全ては始まると感じました。また、巻末の参考文献リストには50近い海外での論文が掲載されており、著書では様々な研究の中で培われた知識や知恵がとても平易な言葉で分かりやすく実例と共に解説されているのはとても印象的でした。本書の魅力は、今日からできる実践例だけではない、子どもとの向き合い方、そしてこれからの時代に必要な資質を親子共々考えて育んでいける、子育てについて本質的な1冊です。子育て中の女性の方達だけでなく、是非子育て中の男性の方にも手に取っていただきたいです。

インタビュー記事:島田敦子