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世界で1900万台普及している小型コンピューター、ラズベリーパイの創始者に聞く、プログラミング教育の大切さ

エベン・アップトン氏 (東京にて撮影)

ラスベリーパイという、超小型のコンピューターをご存知でしょうか?

半導体のチップデザイナーのエベン・アップトン氏が、2004年から7年かけて開発したラズベリーパイ(通称ラズパイ)は、2012年に$25(3000円弱)という驚異的な低価格で発売された初日に10万台が販売され、今ではシリーズ累計で1900万台が普及しています(2018年3月時点*)。イギリスで開発されたコンピューターとして、最も多く売れているコンピューターだそうです。

開発者のエベン氏は、ラズベリーパイを教育目的で開発したということもあり、運営元のラズベリーパイ財団では、誰もが楽しみながらプログラミングを学べる Code Club を運営したり、 Coder Dojo という非営利のプログラミング教育団体とも提携しています。この夏、エベン氏来日の際に、彼がどの様にラズベリーパイの開発に関わる事になり、何故プログラミング教育の普及に力を尽くされているのか話を伺いました。

我が家にも3台ほどあるのですが、Wi-Fi や Bluetooth 経由でロボットを動かせたり、内蔵されているスクラッチやマインクラフトで遊んだりと、手軽なのに色んな楽しみ方のあるマシンだなぁといつも関心しております。 ラズベリーパイはどの様にして生まれたのでしょうか?開発の経緯を教えてください。

「僕の卒業したケンブリッジ大学のコンピューターサイエンス入学の希望者が、驚くことに2004年には、1996年から半減以下になったのです。しかも、応募者のスキルも以前より下がっていました。これはまずいと思い、2004年に、ラズベリーパイの最初のコンセプトが生まれました。なぜ思いついたかというと、私たちが子供の時には BBC Micron というプログラミングができるコンピューターが学校にあり遊べたのですが、これらがなくなった後、子供たちが気軽に楽しめるプラットフォームが学校から消えたのが、コンピューターサイエンスへの関心が激減した理由だと考えたのです。そこで、子供達が誰でも手に入れることができる、とても廉価なコンピューターを世に出すことで、エンジニアリング科目への関心を今までにない形で呼び起こせるのではと考えたのです。ラズベリーパイは、iPhoneの様なクローズドなアーキテクチャー(いじることが出来ない)と違い、チョイスアーキテクチャー(ユーザーがカスタマイズできる)を採用しています。ターゲットユーザーは、子供達、ハッカー、メイカー(ものづくりを楽しむ人たち)、発展途上国の人達です。苦労の末2008年に実現可能性の高いプロトタイプができたのですが、その当時はまだLinuxベースで、パイソンプログラミングしか搭載されていませんでした。そして2011年に、現在のラズベリーパイの原型が完成し、この製品についてのYoutubeビデオを投稿したところ、2日間で60万の再生回数を記録し、こういったプロダクトを待ち望んでいる人たちが世界中にいることがわかりました。2012年以来、ラズベリーパイは1900万台以上販売されています。」

2014年に発売された Raspberry Pi Model B+ (Plus)

開発に7年かかったと伺いましたが、どの様に開発の苦難を乗り越えられたのですか?

「僕が幸運だったのは、常に誰か、僕のことを信じてくれた人がいたということです。両親や、友達、妻などが支えてくれたことで、諦めずに続けることが出来ました。」

ラズベリーパイは、ラズベリーパイ財団で開発をしているそうですが、コンピューターの開発と販売のほか、どのような活動をされているのですか?

「ラズベリーパイ財団では、製品開発と販売だけでなく、子供達が無償でプログラミングを学べるボランティアネットワーク、Code Club の普及活動と、プログラミング教育の啓蒙活動と教員研修を行っています。現在世界134国に1万を超える Code Club が広がっており、お膝元のイギリスでは、6000以上のの Code Club が活動しています。教員向けのプログラムはイギリスとアメリカで展開しており、コンピューターサイエンス教育の重要性の啓蒙や、関心の高い先生方のコミュニティを運営しています。」

また、ラズベリーパイ財団は、ボランティアが各地域で運営するプログラミング道場、 Coder Dojo (コーダー道場)とも現在提携しています。コーダー道場は全世界100カ国に活動が広がっており、日本でも150箇所以上の道場があるそうです。


今では国を挙げてプログラミング教育にフォーカスがあたっていますが、エベン氏は、学生達の理数教育への誤解を解きたいと考えています。STEMに打ち込むことは、可能性を広げることだと断言されています。

「多くの人は数学や科学にフォーカスすることは、将来の可能性を狭めることになると誤解しています。数学を頑張ることで、一生実験室にいる事になるのは嫌だなといった感覚です。実はそれは全くの誤解で、特に数学はもっとも大切で、子供達の可能性を大きく広げる科目なのです。これからの時代、弁護士、庭士、メカニック、そして主権者として生きていくためには、エンジニアである必要があります。」とエベン氏は力説します。


まだまだ教えられる先生が少ないプログラミング教育ですが、プログラミング教育が普及するためには、どの様なことが必要でしょうか?

「プログラミング教育を学校で成功させるためには4つのステップが必要です。教員研修はコストが嵩むので、最初のカリキュラムの見直しだけでと動いていましたが、それでは上手くいかないことが分かり、ついこの間、8400万ポンド(約124億円)の教員研修の予算が認められる事になりました**。カリキュラムの作成、教員研修、子供達を教える、そして子供たちが卒業して社会で活躍するのを待つことで、始めて普及の成果が見えてくると思います。変革には時間がかかります。イギリスの教育が緩やかに落ちぶれるのに15年くらいかかり、今それを立て直そうとしています。我々は6-7年取り組んでいるので、今丁度半分くらいまで来たと思います。エストニアの様な小国と違って、6000万人の人口のイギリスが変わるのは一筋縄にはいきません。ただイギリスで変革に成功すれば、このモデルはきっと日本やアメリカ、中国でも使えるものになるでしょう。」

1. カリキュラムを見直す

2. 教員研修を実施する

3. 子供達を教える

4. 子供達が卒業するのを待つ


プログラミングを知らないので、教えるのに不安がある先生も多いと思います。どの様に、Code Club の先生は増やしていけるのでしょうか?

「我々は、その問題を解決するために、イギリスとアメリカで2日の教員研修を行っています。地域のCode Club のボランティアは、必ずしもプログラマーである必要はありません。プログラミングを知っていれば、子供達にプログラミングを教えられるかと言うとそうではなく、子供達に教えるプロの先生の役割は大きいを思います。」とエベン氏は言います。そこで、プログラミングに詳しくない先生でもプログラミング教育が開始できるために、ラズベリーパイ財団では、無償で利用できるカリキュラムを提供しています。

プログラミング教育の普及に大切なことは何でしょうか?

「いつの時代もプログラミングを学びたい子供達は沢山います。とはいえ、生徒全体の1%程度しか、自発的にエンジニアリングの世界にを選びません。我々の運営する Code Club の様な活動を通じて、関心を持つ子供達を10%以上に増やす必要があります。この次の層に関心を持ってもらうには、生徒にとって関連性の高い内容にする必要があります。例えばプロジェクト学習 (Project Based Learning)の様な形で、地理の先生が地理の授業にプログラミングを導入するなどの形で、様々な分野から子供達がプログラミングに興味を持つ環境を提供する必要がありますね。」

「これからの時代、弁護士、庭士、メカニック、そして主権者として生きていくためには、エンジニアである必要があります。」とエベン氏は力説します。イギリスの政府広報によると、20年以内に90%の仕事には何らかのデジタルスキルが必要になるそうです。**

アメリカでもコンピューターサイエンスの高等教育への進学者のうち女性は28%で、パソコン普及以前より下がっていると危惧されています。女の子とプログラミング教育についてどの様なお考えですか?

欧米でもプログラマーは男性が多く、女子へのプログラミング教育の普及は大きな課題になっています。エベン氏が運営する Code Club では、今後女子のプログラミング教育のスペシャリストに参画してもらい、より9-13歳の女の子達が楽しんで関われるプログラミング教育のカリキュラムを検討していくそうです。13歳を超えてからプログラミングに触れると、どうしても「これは女の子のやることではない」という社会的なプレッシャーに影響を受けやすいので、「9-13歳の間に本人がプログラミングを好きになることで、中学生になった後も本人の意思で継続できる事が望ましい」と語っていました。

(左から)筆者、ミネルバ大学のインターン生ドナさん、エベン氏

それでは Eben氏はどの様にして、エンジニアリングに興味を持ったのでしょうか?

「僕が子供の頃は、10本のスパゲッティとグルーガンを与えられて、橋を作るプロジェクトをやりました。こういったインタラクティブな活動に取り組めば、エンジニアリングについて勉強することになります。また僕の父は、小さい頃からいろいろな電気回路のプロジェクトなどを家でやってくれたのですが、車を分解して元に戻すことが出来たんです。この様な実験的な環境はとても大切です。我々のCode Clubでは9歳から子供達が様々な実験に取り組めることを狙っています。」

夢と情熱が実現するために、どの様な努力をされたのですか?

「僕は、情熱をものにするためには、多くの小さな意思決定の積み重ねだと思っています。例えば、パイソン(Python)というプログラミング言語のプログラムをダウンロードするには5秒程度かかりますが、その5秒をさく事にするかどうか、こういう小さな決断の積み重ねが大切です。」



最後に読者にメッセージはありますか?

「教育の大きな間違いは、知識そのものに価値があるという風に教えていることです。世界にはとても多くの課題が山積しています。エンジニアリングはあなたを待っていますよ。」

注釈:

* Wikipedia: https://en.wikipedia.org/wiki/Raspberry_Pi

** イギリスのコンピューターサイエンスのカリキュラムは2016年から見直しが検討され、今年の5月から新カリキュラムが実施となりました。新カリキュラムには、プログラミングも含まれるそうです。8400万ポンドの予算で、8000人までの小学校、中学の教員研修が、National Center of Computing Education と40の全国のハブとなる学校を中心に実施されていくそうです。参考記事: https://www.gov.uk/government/news/schools-minister-announces-boost-to-computer-science-teaching

今回のインタビューは、日本正規総代理店のRS コンポーネンツさんのご協力で実現しました。コーディネート頂いた、RSコンポーネンツ長谷川氏に感謝です。またエベン氏とは、終始にこやかに、特にはイギリス人らしい知的ユーモアを交えてのお話にあっという間のインタビューとなりました。

時にはこんなお茶目な一面も。左から)RSコンポーネンツ 長谷川氏、エベン氏

この記事を書いた人: 竹村 詠美 (FutureEdu Tokyo 共同創設者)

記事修正

9/22
ラズベリーパイ財団とCoder 道場の関係について、運営という表現から、提携に修正しました。