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家庭にリベラルアーツのエッセンスをDay2 ~ 「幸せ」とリベラルアーツの関係

「家庭にリベラルアーツのエッセンスを」連載 Day2の今回は、前回の「自由の獲得」「精神的な自立」に続き、「そもそも幸せとはなんだろう?」について整理をしてみたいと思います。

第1章どうしてリベラルアーツ?

前回の記事(Day1)は、こちらからご覧ください。

3)幸せってなんだろう?

今から21年前、私は初めて親になりました。

赤ちゃん特有のいい香りのする小さな我が子をこの手に抱き、皆さまも感じたであろう「この子を幸せにしたい」との想いが溢れました。

若い母の私は、「では幸せとはなんだろうか?」と真剣に考えてみました。

私自身は、教育熱心で愛情豊か、経済的にも不自由のない家庭に育ち、比較的恵まれた環境で育ったにもかかわらず苦しさも抱えていました。

その原因を探ってみると、「自分の人生を自分で決めることができなかった」自己選択と自己決定のなさがその苦しさの根本原因のように思われました。

とはいえ、今度は子ども時代の自分自身に観察の目を向けてみると、「私自身に、考える力や言語化する力、行動する勇気があったら、環境を変えることもできたのではないか?」との考えにも至りました。

そしてその力を育てるのは家庭だと推論し、

・子育ての目標は我が子の幸福感(幸せだと感じている状態)

・幸福感は自己選択と自己決定が鍵

・自己選択と自己決定ができる人に育つ子育てをしよう

と子育て方針を決めたのでした。

そのため長女が小さな頃から、日常の中で自己選択できる機会を意識し子育てをしておりました。

しかしその長女が小学生となり、東京での周囲の中学受験への熱量の渦に陥りかけ、逃げるように離れた先での海外生活においては、日本の学習の遅れからくる*ダブルリミテッドへの不安が生まれ、いつしか親子ともに苦しい子育て時期がありました。

*ダブルリミテッドとは二つの言語の中で育ちながら、どちらの言葉も未発達という状態のこと。

そういった自分の子育てへの反省も踏まえ、「なぜ親は、我が子の幸福を願うのに、自分の不安を解消する選択をしてしまうのか?」という問いが浮かびました。

例えば私の場合は、願う対象は「自己選択と自己決定による幸せ」な状態なのに対し、「日本の学習の遅れを取り戻さないと帰国後の進路に影響するのではないか?」という不安を解決したいために、「漢字練習をしなさい。」と強制しようとする。
といった、対象が異なる矛盾構造がありました。

幸い我が家の場合は、夫の「この先の進路よりも、この子の一番の魅力である愛嬌を守る方がこの子の人生にとって大切なのではないか?」という一言によって目を覚まし、長女の今と自己選択を大切にする方向に軌道修正することができました。

とはいえ、このような矛盾構造は我が家に限らずよく見かけます。

親の中で何が起きているのだろう?

そう疑問に思った私は、日本に帰国後、教育関連の仕事で出会う保護者の方々へ

「子育てにおける成功とはなんでしょうか?」

と、さまざまな機会を利用し問いかけてみました。


するとすべての会で「我が子が幸せを感じている状態でいること」と答える方が大半だったのです。

私が伺った中では、

「いい車に乗っていること」

「偏差値の高い学校に通っていること」

と答えた方はいらっしゃいませんでした。

では「子育てが終わった時の我が子のどのような状態が幸せな姿でしょうか?」と続けて問いかけると、

「自分の好きなことができて生活も安定している」

「自分らしく生活できている」

といった、自分の人生を生きていると本人が実感できた上で、生活も安定している状態を望む声がほとんどでした。

多くの保護者は、子ども本人が得る実質的な効果と幸福度の高い状態を望んでいるということがわかりました。


さてここで、研究者による子育ての効果と幸福度に関する二つの調査に目を向けてみたいと思います。

一つ目は、2013年にアメリカで行われた親の子育てのタイプが子どものパフォーマンスに与える影響に関する研究です。

子育てを、大きく支援型、 厳格型、放任型、 虐待型の4つの型に分けその教育効果について調査が行われました。


その結果、こどもの学業成績、精神的な安定の面で、最も効果があったのは、支援型の子育てであった。その次が放任型、そして厳格型、もっとも効果がなかったのは虐待型の子育てであった。

(“RIETI - 子育てのあり方と倫理観、幸福感、所得形成-日本における実証研究-”)  


この調査から、関心をもって見守りながら自立を促す支援型の子育てが、もっとも子どものパフォーマンスによい影響を与えることが判りました。


そして二つ目の研究は、2018年、神戸大学社会システムイノベーションセンターの西村和雄特命教授と同志社大学経済学研究科の八木匡教授による成人の幸福度に関する調査です。


これまで学校教育で得られた認知能力と家庭教育で培われた非認知能力が、個人の将来や労働市場での生産性に与える影響について分析してきた。今回は新たに、幸福感を決定する変数として自己決定に注目し、2万人の日本人を対象に調査を実施。心理的幸福感と主観的幸福感の両方を測定して比較し、その差が少ないことを確認したうえで厳密な計量分析を行った。その結果、自己決定度の高い人の方が、幸福度が高いということが判明した。 (“RIETI - 幸福感と自己決定―日本における実証研究”) 


この調査によって、日本人にとって「自己決定」が幸福感に強い影響を与えていることが明らかになりました。


では、少し前の問いに戻ります。

「なぜ親は、我が子の幸福を願うのに、自分の不安を解消する選択をしてしまうのか?」

それは、我が子を他者と比較したり、ありもしない悲観的な未来を想像し不安に陥り、その不安を解消するために厳格型に寄った子育てを選択してしまうために起きる矛盾のようだと結論づけることができます。

一方で、調査の結果からわかるように、厳格型の子育てはよい影響をもたらしにくいですし、親が決めた進路は我が子の幸福にはつながりません。

であれば、私たち親は意識を向ける方向を修正さえすればいいのだと、シンプルな答えにたどり着くことができます。

子育ての願いとして「我が子の幸せ」を最上位に掲げ、そのためには自己選択と自己決定をできるような「支援型の子育て」をすればいいという結論が明確になります。

まさにこの連載のDay1「(1)自由の獲得」に登場した自由の定義

自由とは、他人に与えられるものではない、自分の意志で自分を理由として行動できることだ。

と重なります。

リベラルアーツは、人を自立させ幸せにする学び方なのです。


次回は、第1章どうしてリベラルアーツ?の締めくくりとして

・視座が変わると寛容になる


についてご紹介します。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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コントリビューター

井上 真祈子 | Makiko Inoue

一般社団法人ダイアローグ・ラーニング代表理事

薬学部卒。高校1年生と大学2年生の姉妹の母。プライベートでは、子どもの発達段階を考慮し国内外を移住しながらの子育てを実践。東日本大震災を機に家庭教育支援をはじめる。子ども時代からのリベラルアーツ「Co-musubi」と偶発性ある読書会「セレンディピティ・ブックス・ダイアローグ」が主な事業。多様な子どもへの理解を深める啓発活動や、さまざまな業界のパラダイムシフト支援もライフワークとし、2019年経産省や2020年文科省のギフテッド教育研修コーディネーター、2019年、2020年Learn by Creationワークショップチームリード、2021年~日本型リベラルアーツ推進委員、企業による学校授業制作カウンセリング、2022年〜女性医療人のリーダーシップラーニングコミュニティ創設など、多岐にわたり活動している。