Future Edu Tokyo

View Original

Compassionate Systems Thinking (コンパッションの視座で取り組むシステム思考)ワークショップ体験記: 序章

「システムダイナミクス」という言葉をご存知でしょうか?システムダイナミクスは、マサチューセッツ工科大学の経営大学院名誉教授のジェイ・フォレスター教授により1950年代に開発されました。データと技術を活用する事で、システムの構成要素の関係性のモデルを構築し、システム内での関係性がどうシステム全体に影響を及ぼすのかを分析する思考法です。当時、GE の業績改善が外部要因ではなく企業内構造の課題によることを理解し、改善案をデザインすることにシステムダイナミクスが活用されました。その後、多くの企業の課題解決から、都市問題の課題解決、財政政策や気候変動への政策といった様々な分野での取り組みに使われています。

そして、1970年代からマサチューセッツ工科大学の上級講師であるピーター・センゲ氏は、システム思考がより多くの人たちにとって使いやすいツールとなる様に研究と実践を重ね、1990年に学習する組織(原題:Fifth Discipline) として統合された組織論として発表しました。本書はは世界で300万部を超えるロングセラーとなっています。この理論を教育改革に役立たせるために研究実践された成果が共有されている本が「学習する学校」で、2000 年に出版されました。本書の邦訳版が出版されたのは、14年後の2014年です。

とここまで書いてみてなかなか難解そうだという印象を受けた方もいらっしゃるかと思いますが、私もその一人で長年遠くから眺めていた所がありましたが、転機は昨年お訪れました。

教育という多様な関係者が複雑に絡み合って成立している強固なシステムが前に進んでいくためにどの様な考え方があるのだろうと考えていた中で、改めてシステム全体として構造や課題を捉え、お互いの立場を理解しながら共に成長していくという考え方に共感しました。昨年度のワークショップに参加された、かえつ有明中学校高等学校の田中先生と、ピーター・センゲさんの考えを日本に広げていらっしゃる福谷さんが主催する Compassionate Systems Thinking の報告会ワークショップに参加することを通じて、これはどこかのタイミングで本国の研修にも参加したいと考えていたところ、先月の3日間のボストンでの研修に参加することが可能となりました。福谷さんのお声がけの成果で、合計7名が日本から参加する事が出来ました。

本研修の主催の母体は、マサチューセッツ工科大学のオープンラーニングという一般の参加者が参加できるプログラムの中でも、J-WEL という世界の教育の良質な点を共有し、教育改革をサポートする機関です。今回の研修にもメンバーの団体が参加されていたようで、セーブ・ザ・チルドレンといったNGOもヨルダンの教育支援プロジェクトのメンバーや、カナダのIB校、アメリカの学区などが参加されており、70名近くの参加者の年齢は20代から80代、地域も米国中心とはいえ、中東、ヨーロッパ、日本、インドネシア、カナダ、など国際色豊かでした。

研修の主な構成要素は、システム思考の理解、システムセンシングの体験、そしてこの2つを通じて、よりコンパッションのある在り方を各自が目指していくというという3点になっています。システムが変わるためには、自分のあり方の成長が必要だという事を痛感する内容です。プログラムはピーター・センゲ先生と、「学習する学校」の実践を世界中でサポートされているメッテ・ボエル先生により進行されましたが、主にはメッテ先生がファシリテーターとしてエネルギッシュに導いて頂きました。メッテ先生のユーモアと情熱の溢れる雰囲気と、ピーター先生の包み込む様なファシリテーションのコントラストも3日間に良いリズムをもたらしていました。

プログラムはざっくりとこの様な内容になっています

1日目:

  • システムという構造はどのように我々の行動を織りなすのか

  • メンタルモデルの理解:現実の見方の違いの理解

  • 自己マスタリーの根っこと、我々のリーダーとしての成長:ビジョンとクリエイティブな緊張関係

2日目:

  • システム思考

  • 内省のためのツール:推論のはしごと繋がりのはしご

3日目:

  • プロトタイプの作成

  • 必要なサポート:サポートチームの結成

(出典:公式サイトの内容を翻訳)

3日間で何が出来るようになったのかというのを一言で答えるのが難しい研修でしたが、「学習する学校」にも紹介されている氷山モデルや推論のはしごなどのツールやプラクティスを3日間体験する事で、身体全体で Compassionate Systems Thinking という考え方の魅力や有用性を感じており、これからどの様な場面で具体的に活用していくのかを考えていきたいと思っています。

身体全体でと書いたのは理由があり、良くあるグループに分かれて対話やアイデア出しをする研修と違い、本研修は、1日中新たなグループやパートナーとの対話を通じ、ツールを活用した実践を行う内容だったからです。考えて、対話して、動いて、時には瞑想をしてというアクティビティを8:30から17:30まで続けるのは刺激的であり、1日の最後にはかなりエネルギーを消耗する体験でもありました。ただ参加者が皆さま教育の課題の最前線で研鑽されている方ばかりなので、とても穏やかな中にも強いエネルギーや意思を感じる空間でした。

私個人にとって3日間を通じて印象に残ったポイントは下記の8つでした

0)戦争で2億人の死者を出したのは教育を受けた人達の意思決定の連続により起きている。現在の気候変動もそう。現在の世界で行われている西欧型一斉教育からの脱却が必須である事を改めて痛感。

1)人間界を含む自然や宇宙も「システム」の働きによりダイナミクスが作られ、そのダイナミクスが成長したり、逆に引き戻す力で縮小することから世の中が変わっていく。そのシステムの成長や縮小の仕組みがどうなっているのかをコンパッションというレンズを通して考える。それがコンパッションシステム思考だとやっと腹落ちできました。

2)「コンパッション」という言葉は日本語だと共感、エンパシーと同義語的に訳してしまっていることが多いが、エンパシーは相手の思いやプランを理解でる力で、良い方向にも悪い方向にも使われうる。例えば、いじめを引き起こす人も、どうすると相手が傷つくのかを"共感”しているので効果的にいじめてしまうということもあるのだそうです。一方で「コンパッション」という言葉は、コン(共に)パッション(苦しみや持続する想い)という語源の通り、相手の苦しみと共にある、あり方なのだそうです。共感は感情への負荷が高く、共感疲れを生む可能性があるが、コンパッションの場合、相手の痛みは理解するけど、自分の感情を揺さぶるわけではないので、直接的に疲弊することは無いのだそうです。教育の大きな課題を本質的に見直すために、なぜCompassionate Systems Thinking なのかがかなりクリアに理解できました。

3)短期的な解決策が悪いわけでは無いが、それだけに閉じていると、対策をやめると元に戻ってしまう、元に戻らないための本質的なソリューションも同時に考えて試せる土壌を耕す必要がある

4)ゼロサムではなく、水の量が増えた時に全ての船が浮き上がるように、システムを構成するメンバーが全員成長できるというマインドセットに、現状のシステムで力を握る人たちが変われるか。その為には、システムに参加する関係者がより全体性を理解し、コンパッションを持てるようになることが大切。しかしこれを実現するのは時間がかかる大変な作業なので、短期的な解決策で終わってしまうことも多い。

5)エモーション(情動)は1秒も持たない、身体の反応。一定の刺激に対する反応が常習化すると、フィーリングという感情として感じられ記憶されるものになる。エモーション自体にはなんの問題もないが、怒りなどのフィーリングを持ち続けるのは身体のためにも良くない。瞑想は、エモーションに気付きながらもフィーリングとしてためないために大切な活動。

6)この分野はまだ新しいので、全てが科学的に証明されている訳ではないが、レストランで出来合いの料理を選ぶのではなく、ツールを材料と考えて、それぞれの環境に合う形で試し、先進国、途上国、ヨーロッパ、米国、アジア、中東など世界での実践の情報共有からリサーチを続けていく事が大切。ただ、自由に使いこなせるようになるためには、鍛錬が必要。プラクティスと英語では言われているが、鍛錬を続けるのみという事だと理解しました。

7)変化を好む人はいるが、変化をしいられる人はいない。本人の成長のために、本人が能動的に変化したいと思う環境づくりが大切。これは子育てにも通じる学び。

他の参加者の皆さんも「言語化は明確に出来ないけど直感で今回は参加すべきだと思った」という直感力の高い皆様で、一人で参加するのとは違い、振り返りを一緒にしたり、腑に落ちない部分を議論したり、充実の時を過ごさせて頂きました。

追って3日間のプログラムも紹介していきたいと思いますが、大きな気付きのポイントから皆様の中での「コンパッション」への興味関心に少しでもつながれば幸いです。次回の研修は6月だそうです。英語の研修とはなりますが、チャレンジしてみられたいかたは是非!

公式サイト:

Introduction to Compassionate Systems Thinking Framework in Schools

Written by Emi Takemura